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【読書感想】恩田陸『蜜蜂と遠雷』/その文章の豊かさたるや

恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』を読みました。気になるな、と思っていながらも読めていなかった本作。恩田陸さんに関しては、『ドミノ』『Q&A』『朝日のようにさわやかに』のみしか触れてきておらず、かつそれらの印象としては「ストーリーテリングに定評のある人」の印象でした。『ドミノ』が一番そう印象付けているのかもしれません。

かつ、一方で読んでいた当時の感想をひっくり返してみると「ストーリーにぐいぐい引き込まれて読んでいくけど、着地点がしっくりこなかった」などと申しておりました。ふむ。読書体験に求めているものとのギャップが当時はあったのかもしれません。

さて、そんな中読んだ、『蜜蜂と遠雷』。直木賞本屋大賞のW受賞はまだまだ記憶に新しいのでは無いでしょうか。えっ2017年?またまた…。そんな…。

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)

 

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「豊かな小説だ」と思いました。

音が聞こえる小説ともよく言われるんだろうなとも思いました。国際ピアノコンクールを舞台とした小説。描かれる予選~本選。演奏、それを聞く方々の描写の豊かさよ。漫画や小説で演奏シーンを描写するには様々なやり方があるのだとは思います。効果音を使ったり、空気の流れ、振動を表現してみたり、リアクションでその感動を表してみたり。

私の大好きな漫画『シオリエクスペリエンス』も、一つの「音が聞こえる」作品だと思っています。あちらはバンドがメインですが、漫画の向こうから爆音が、空気を揺さぶる音が、オーディエンスの熱気を感じられます。

蜜蜂と遠雷』は、音が聞こえるというよりも、豊かな音で満ち溢れた空間に誘われるような作品なのではないかと思いました。たっぷりと豊かな表現で、音が聞こえる情景を、音に身を委ねる聞き手を描写している。「実際にどんな音が鳴っているのだろう」ということより、「この音に包まれる感覚はどういうものなのだろう」、そう思わせるような書きっぷりに感じました。

しかし、同時にこれは感受性や心の余裕に左右されるぞ、とも思いました。事実、私の読書中のコンディションはそんなに良くなかったのかもしれませんが、時々それらの描写が頭に入らず、滑っていくように感じることもありました。ああ、私はこの贅沢で豊かな表現、描写を脳内でイメージに変換するコンディションではないのかもしれないと。

冒頭、恩田さんに対するイメージがストーリーテリングの人…と思っていた先入観もあるかもしれません。登場人物それぞれ、別のバックグラウンド、思いでこのコンテストに望む彼ら彼女らがどのような結果になるのか、異彩を放つ風間塵はいったいどのように評価をされるのか。本作の「ストーリー」を追うことにフォーカスしてしまったのかもしれません。

それに気を取られすぎるあまり、この豊かな描写を受け止めきれなかった可能性があります。もちろん、彼らの思いの詰まった演奏と、それが他の方々にどう響いているのかはワクワクしながら読み、登場人物それぞれが異なる味の演奏をしていることはよくわかりました。全然違う中で、それぞれの良さが出ている。これらがどう影響を与え合い、どのような化学反応を起こすのだろうかと。それを期待させてくれる演出が詰まっていました。

この本を読んだ方は、作中で演奏された楽曲を聞きたくなるのだろうなと思います。実際私もそうなりました。しかし、作中で言われている通り、同じ作品でも演奏者によって見えてくる景色が異なってくるのだ。そう言われてしまうと、作品の中でこれでもかと描写された、彼らだからこその「演奏」は聞くことができないのだな…と、その点で頭を抱えてしまいました。…まぁ、楽曲を知った上で「これを彼らはどのように演奏したんだろう」と読み返し思いを馳せるのもいいかもしれませんね。

また、本作は映画化されており(ようやるわ!と思う)、そのサウンドトラックに、一つの答えがあるのかもしれません。

 

本記事の前書きにおいて、「ストーリーにぐいぐい引き込まれて読んでいくけど、着地点がしっくりこなかった」と当時の恩田さん作品に対する印象を書いていましたが、本作はどうだったのか。

恩田さんの語りたいところ、表現したいところのピークと、私が待っているピークのギャップがあるんだな!という発見がありました。「みなまで言うまい」…てなところでしょうか。私が知らずのうちに「このあたりまで書き切るのかな?」と思いこんでしまうところは、本作においての最重要ポイントではない。本当に書きたいと思っているところは別のところにある。そう思ってみると、なるほど確かに私が想像していた着地点は本作のキモではないなと納得ができました。

 

改めて思いますが、小説という形式の中で、このように音楽を表現するんだな。こういった形で読者をその世界に導くのだな…という点で、なんでしょう。小説が持つ可能性を信じたくなる、希望を抱くような作品だとも思いました。直木賞本屋大賞もなんかわかるなー、と。そう応援したくなる気持ちもとてもわかるなー、と思いました。

ピアノの調律を舞台とした『羊と鋼の森』が本屋大賞を受賞した翌年の受賞作が、ピアノの国際コンクールを舞台とした『蜜蜂と遠雷』なのは、なにか素敵な縁を感じますね。

えっ、2017年なんですか。5年前?あらまあ…。

映画「蜜蜂と遠雷」オリジナル・サウンドトラック

 

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