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「気づき」で揺れる心を描く/宮下奈都さん

(本記事は2014年に書いたものを手直しした記事です。また折を見て宮下さん特集記事を書きたいな)
 
「おもしろかった!」と膝を叩きたくなる小説もあれば、
「うんうん。」としみじみ爽やかに読み終わる小説もある。
心をごりごりえぐられるような小説もあり、読み終わった後の衝撃でひっくり返る小説もある。

 ストーリーに魅せられたりキャラクターに魅せられたり、言葉選び一つ一つにため息をついたりもする。…と、読書では心揺さぶられたり、落ち着かせたり、いろいろあります。今回紹介するのは宮下奈都さん。

 小説もエッセイも楽しく拝読しています。

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ストーリーに大スペクタクルがあるわけでもなく、あらすじを書いてみると、主人公が彼ら彼女らの生活の中で、何かと向き合い、気づき、自分(や周囲・環境)が変わっていく…という話になる。 「良いなぁ」と思うのは、その「気づき」に至るまでのこと。

「気づき」自体・そして「気づき」の後の心情描写でしょうか。宮下さんはとにかく「転機」の描き方が丁寧で上手なんです。何よりそこを大事にしているんだろうなあ、と読んでいて感じる。転機というのは、人生の分かれ道とかそういうことではなくて、「何かに気づいたからこそ」の視点や意識の変化ということ。
人の心が動き、変わっていく瞬間は、いつでも誰にでも訪れるはずです。それこそが「物語」になり得ると思っているので、その変化の瞬間を書きとめたい一心でいます。
とはいっても、人の心が動く、変わる、そのきっかけを作る外的な要因はそれほど重要ではない気もするんです。それよりも、ある出来事によって心はどう動き、結果、人はどう変わるのか。私にとっては、その内面の変化をきちんと掬い上げられるかが眼目なんですね。 (中略)
そうなんです。「宮下の小説には何も事件が起きない」と言われる(笑)。確かに、できるだけ特別な出来事のない日常を舞台にしていますが、「実は起きている」と言いたい気持ちもあります。内面の変化って、いちばん大きな事件ではないですか?

登場人物の「気づき」は、周りの人が説得したり、何かに誘ったり、と働きかけているだけではなく、他の人の生き方や取り組み方、考え方に触れて、あるいは自分が自分を振り返って「あ。」と気づくという類の「気づき」・「きっかけ」はホントどこにでもあるんだな、と思えてきます。小さな発見が、彼ら彼女らの世界をぶわーっと広げていく。読んだ作品を全部紹介したいところですが、本日はいくつかピックアップして。

宮下さんの本で「一番好き!」っていう順位はつけられず、いわば「総合1位」ではなく
「◯◯部門1位!」という感じでしょうか。心のどこにひっかかったとか、読後感に感じた愛おしさとか。いろんな要素がどの作品にもあって、どれが一番だと言いがたい。  
遠くの声に耳を澄ませて (新潮文庫)

遠くの声に耳を澄ませて (新潮文庫)

  • 作者:宮下 奈都
  • 発売日: 2012/02/27
  • メディア: 文庫
 

 短篇集です。

この本は最初に読んだ時に「すごい!」となりました。何がすごいのか自分でもよくわからなくて戸惑ったのも良い思い出。特に最初の「アンデスの声」での衝撃はたまらなかった。短編という短い中で、一つの世界が構成され、最後にそれがぶわーーーーーっと広がっていく。
話の展開もさることながら、わずか数十ページに切り取られた世界しか見ていないが、その前後がありありと見える。こんなことができるのか!と驚いた記憶が非常に強いです。
素敵なのは、短編同士でどこかリンクしていることもあって、それこそ彼ら彼女らの世界の広がりを感じられて心地よかった。

太陽のパスタ、豆のスープ (集英社文庫)

太陽のパスタ、豆のスープ (集英社文庫)

 
注目の著者が贈る、明日への「リスト」の物語
突然、婚約破棄を言い渡され目の前が真っ暗になった明日羽は、叔母に、やりたいことやほしいもののリスト作りを勧められる。ひとりの大人の女の子の、本当の成長の物語。

「毎日のご飯は自分を助ける」「自分で選んだもので自分は作られる」

この作品に出てくるそれらについての気づきは、今の自分に強く生きています。自分がこうやってきたから、今があるということ。それで「やってきたことが足りなかったから・・」と思うこともあるけれど、今こうして◯◯さんと話ができたり、であったり
△△さんと愉しく遊べたり…あんな経験ができたこと!とかは、自分がそれに繋がる何かをやってきたということ。
今こういう感情や価値観をもっているのは、自分が(知らずのうちにも)それを選んできたということ。それを足りないと嘆くのではなく、だからこそ自分があり、その自分は次に何を選ぶのか、何を欲するのか。そういうところを大事に大事にしていきたいと感じさせてくれました。
主人公の「再生」と「気づき」と共に、自分自身も気づいていく。 

よろこびの歌 (実業之日本社文庫)

よろこびの歌 (実業之日本社文庫)

  • 作者:宮下 奈都
  • 発売日: 2012/10/05
  • メディア: 文庫
 
著名なヴァイオリニストの娘で、声楽を志す御木元玲は、
音大附属高校の受験に失敗、新設女子高の普通科に進む。
挫折感から同級生との交わりを拒み、母親へのコンプレックスからも抜け出せない玲。
しかし、校内合唱コンクールを機に、頑なだった玲の心に変化が生まれる――。
見えない未来に惑う少女たちが、歌をきっかけに心を通わせ、成長する姿を美しく紡ぎ出す。 単行本刊行時には、<読売新聞読書委員が選ぶ「2009年の3冊」>という企画(2009年12月27日朝刊)で、小泉今日子さんが推奨したのをはじめ、書評家、書店員諸氏も絶賛した傑作、待望の文庫化。
 この作品も例に漏れず気づきや成長の物語なのだけれど、この作品は「少女たち」の物語。少女たちはそれぞれの形で歩き、悩み、憂いている。そんな中で「気づき」を得るのは他でもないクラスメートから。一方から見れば輝いている少女も、その子自身違う憂いが、形がある。
「物語」としての収束感が最高に好き。物語、というか彼女達それぞれの道があり、その中で気づくことがあって、一つの形を最後につくる過程を追うのが愉しくて愉しくて。続編に「終わらない歌」があります。こちらもおすすめ。彼女らの世界は終わらない。
私の歌がすごいんじゃない。私の歌で誰かのどこかを揺さぶる。つまり誰かのどこかに揺さぶられるものがある、ということに希望を感じる。胸が震える (P.254)
自分は意図していなくても、「動かそう!」と思っていないところででも、それぞれの人の中に「揺さぶられる」ものはある。何かの創作の発信はもちろんのこと、行動や、言動、習慣といったところを「受け取る」側が何かをもっている可能性がある。
それは逆もしかりで、自分たちも何かに触れることで「揺れる」何かを持っている。
大きな揺ればかりではなく、小さな変化にすぎないかもしれない。作品に描かれる「変化」は、外的要因も些細な事ならば、変化自体も些細なことのこともある。
そしてもちろんそれら全てがプラスのものではないかもしれない。些細なことと思いきや、深く深く傷つくこともあるだろう。希望に満ちた揺れ方だけではないだろう。
彼女たちの学生生活の中で、そういった気付きはそこら中にあふれている。自分の些細な言葉が、相手を大きく動かすこともある。相手の些細な言動が、自分に深く刺さることもある。

「心の変化」というものは非常に繊細で、重要な面を持っている。登場人物が置かれている境遇や、抱える葛藤は重たいものもある。それが完全に解決するわけじゃあない。変わるといっても完全に変わるわけじゃない。しかし、ぱっと新しい光が射す兆候が見えたり、見る視点が変わったりする瞬間がある。
その過程を、心の動きを丁寧に丁寧に描く宮下さんの作品内で、「躍る」瞬間やきっかけに出会う時、とても心地よく、嬉しく感じることができるのだと思う。
それが、私はとても好きなんだろうなあ、と思います。
背中を押してくれるわけでもなく、叩いてくれるわけでもなく。そっと支えてくれる。寄り添ってくれる。そんな作品を宮下さんは紡いでくれていると、私は勝手に感じています。
「足りない」と感じることもあろうけど、「少なくとも自分は何かしらの気づきや歩みで作られているんだ」ということを教えてくれる。 

もう一冊、本当に愛おしい一冊があるのですが、これはまた別の機会に。